仏道を学ぶ人は、恐らく、「もしこういうことをしたら世間の人は非難するのではなかろうか」と考える、こういう考えは大きな間違いである。

世間の人が何と非難しようと、それが仏祖の行なわれたことであり、仏教の道理であれば、断じてそうすべきである。

世間の人がみなほめても、仏教の道理にはずれ、祖師がたも行じなかったことはしてはいけない。

そのわけは、世間の親しい人や、そうでない人がほめたり非難するからといって、その人の意に随ったとしても、自分が死ぬときに、悪業にひかれ悪道に落ちようとするときに、その人が自分を救うことはできないからである。かりにみんなに非難され、にくまれたとしても、仏祖の道にしたがって行ずれば、目に見えぬ加護をえて、真実、自分を助けることができるから、人が非難するからといって仏道を行じないようなことがあってはならない。

また、このように非難しほめる人が、必ずしも仏道に通達し、さとりを得ているわけではない。そういう人がどうして仏祖の道を善い悪いと判断することができよう。いかにしても世間の人の情に惰ってはならない、
ただ
仏道によるべき道理があるときは、ひたすらに仏道を行じなくてはならない。


注釈の原文

学道の人、多分云、「若其の事をなさば、世人是を謗ぜんか」と。此の条甚だ非也。世間の人何とも謗とも、仏祖の行履、聖教の道理にてだにもあらば、依行すべし。 世人挙て褒とも、聖教道理にあらず、祖師も行ぜざらんことならば、依行すべからず。其故は、世人親疏、我をほめそしればとて、彼の人の心に随ひたりとも、俄が命終の時、悪業にもひかれ、悪道へ 趣ん時、何にも救うべからず。喩へば皆人に被レ謗被レ悪とも、仏祖の道にしたがうて依行せば、其の冥、実に我をばたすけんずれば、人のそしればとて、道を行ぜざるべからず。又如レ是謗讃する人、必しも仏道に通達し、証得せるに非ず。何としてか仏祖の道を、善悪をもて判ずベき。然も世の人情に順ずべからず。只仏道に依行すべき道理あらば、一向に依行すべき也。