ご縁2(6/18)

 石巻市雄勝町は、山に囲まれ、硯の名産地と知られる町でもあります。隣町には、原発がある女川町、児童六十 八人が亡くなった大川小学校のある川北町があります。
 この雄勝町は、津波の被害が大きかった女川、大川小学校のどちらかの山を越えなければたどり着くことが出来ません。4月半ばまで津波の影響で道路が壊れ、自衛隊の車両も入ることが出来ませんでした。通行できた道もガタガタで、いろんなものを踏んづけて走って行かないといけない。いつパンクするのかと思うぐらいであります。
 町の中心部にやってくると、役場の建物の二階の上部には大型バスが乗っかっている。
そのバスを横目に私たちは天雄寺と言うお寺に向かいました。
禅宗のお寺というのは、わりあい小高いところ有り、このお寺も例外ではなく、海抜を測ってみましたが十五メートルはありました。扇状地なので、奥に行くほど押し寄せる波が高くなって本堂などが波にさらわれたと思われます。
震災当日、天雄寺住職は仙台市内におり難を逃れ、家族も無事とのこと。
またこの付近の小学校、中学校の生徒は常日頃から津波の訓練を受けており全員無事とのことでしたが、たまたま学校を欠席していた子は、津波にのまれ、町全体としては、二百五十人もの人々が命を落としました。
 先発隊できた私たち四人は、おもに瓦礫の撤去を行いました。翌日新たに三人加わり七人の撤去作業になりました。近くでは自衛隊の方が捜索活動をし、自衛隊と私たち以外は、人影を見ることが出来ません。
 すべての家屋は、津波に飲み込まれ、残っているのは、大きな建物、役場、小学校、中学校などの鉄筋のみ。高台にある天雄寺本堂も、すべて流され、基礎しか残っていないありさま。
奇跡的に本尊は綺麗な状態で見つかりまして、現在は仮設の本堂に安置されています。
当時は、電気や水道などのライフラインはすべて破壊され、あるのは自然にわき出る山水ぐらい。その水を使って、瓦礫の撤去と同時に、打ち上げられていた衣類を集め洗濯をすることにしました。
 さいわい旧型の2層式の洗濯機はあるということなので、持ってきたバッテリーにつなぎ洗濯をしました。山水をバケツにくみ、洗濯機の中へ。
 土や砂、塩水に浸かった衣類を洗濯機に放り込むと、忽ち水がどろどろに。
今の家電でしたらこんなことしたらあっという間に壊れてしまうかもしれません。
その他、仏壇屋さんから仏壇を寄贈したいと言う申し出があって、岩手、宮城に仏壇を運ぶなどの活動もしてきました。
そんなことを、青年会として一年間で八回被災地に趣き、そのうち五回参加させて頂きましたわたしも、延べ日数も一ヶ月程。家族の理解を得ながらボランティアに行かせて頂きました。
 皆さんのこころあたたかい気持ちが、義援金になったり、ボランティアをするという形になる。ある者は、炊き出し、音楽を奏で、温泉の湯を運び、マッサージなど施す。
どれもが人に対して優しい。みんなの優しい気持ちが形となってあらわれてくる。
 東日本大震災が起こった直後、毎日のようにラジオ、テレビで流れてた、人に対して優しいコマーシャルがありました。それは、こんなCMでした。

 電車の中。
 3人の男子高校生。二人は座り、一人は立っており、電車内の座席はすべて埋まっている状態。席に座っていた一人の高校生はふと遠くに目をやると、妊婦さんが、両手でお腹をかかえて自分の前を通り過ぎてゆく。その女性を、座っていた高校生が目で追いかける。
 お腹が大きな女性に気がついた主婦が、スーッと席を立ちあがって、自分の座っていた席を譲ってくれました。
 その時の高校生の顔は、自分は、席を譲ってあげられなかった、なぜ席をゆずってあげれられなかったのかと、自責の念にかられた顔をしておりました。
 二人の友達と手を振って別れた後、歩道橋を登ろうとする。
階段の中腹には、腰を大きく曲げ、左手は腰の後ろにあて、右手に杖をもって、ついて、登っていくおばあちゃん。
 歩道橋を登ろうとする前に、その姿を見てふと足を止めて眺めている高校生。(マ)
一息して、階段を登り始め、その左横を通り抜け追い越していきますが、(マ)通り過ぎて何段か階段を上がってから、ふと足を止めた。
 そして、右足から、来た階段を引き返した。
 そして、手を取り、腰を押して、おばあちゃんの階段を登るお手伝いをする。
おばあちゃんは、ありがとう、ありがとう、と何度もお辞儀をする。(マ)

これには、このようなナレーションが、ついています。

「こころ」はだれにも見えないけれど
「こころづかい」は見える
「思い」は見えないけれど
「思いやり」はだれにでも見える

これは、公共広告機構、ACジャパンのCMであります。

思いやりの気持ちを持っていても、なかなか行動に移すことは難しい。しかし、その美しい気持ちは、実行してこそ、初めて意味があるということに、気づいてもらいたい。すべての人が持っている、やさしい気持ちが、たくさんのあたたかい行為となって世の中に生まれてほしいと、このCMはそう願ってつくられました。
 このCMを見てふとある人の言葉を思いだしました。
「私たちは、ただこの世の一員であるだけでなく、ただ何かをして通り過ぎるだけでなく、一人一人が素晴らしいことをするために生まれてきたと信じています。」
一九九七年、八十七才で亡くなったマザーテレサの言葉であります。
アグネス・ゴンジャというかわいらしい少女が修道女となったのは十八歳の時。彼女はやがて修道服を棄てインドの貧しい女性が着る安物のサリーをまとい、スラム街に飛び込んでいった。マザーテレサの誕生であります。
持ち物は、二枚のサリー、体を洗うバケツ、小さな小物入れだけ。
マザーテレサは、「貧しい人々の中でも、最も貧しい人々のために尽くす」、をモットーとして、世界中を駆け回りました。身長百五十センチ足らずの体のどこに、こんなエネルギーが潜んでいるのでしょうか。
 大事なのは大きな事ではない。ささやかなことだという。
あなたがちょっとほほえむだけでいい。新聞を読んであげると喜ぶ目の不自由な人も、買い物をしてあげると喜ぶ、重い病気の両親もいるでしょう。小さな事でいいのです。
大きなことではなく、今すぐ、あなたの隣の人に、何かできることはありませんか、と。

やさしい思いが、あたたかい行為となって世の中に生まれる。
これを、仏教で、徳と言います。
誰にも知られずに徳を積むことを特に隠徳といい、禅の修行の一つで、隠れた功徳を積むことであります。人に知られず、ひっそりと德を積む。われわれ凡人であると、何か善いことをすると人に知って欲しいと思う。さらには人に知ってもらうために、人にわかるように善行為を行う。陰徳というのは、そうではない。誰にも知られず、ただそのやった善行の功徳を転じて一切のものに向けて差し向ける。誰にみとめられるものでもない。誰がほめてくれるわけでもない、そんなことをすべて取っ払って、ひたすら徳を積む。功徳を積むのも自分の人格を高めるためにするのではない。一切衆生、生きとし生けるもののために。自分の積んだ功徳を他に向けること、これが大切であります。

2019年07月01日