ご縁1(5/18)

今日は「ご縁」という題目で少しお話をさせて頂きます。
人と人とのめぐり合わせは、千差万別でございます。
私は、この地を離れて、東京に4年、福井県の永平寺に4年、そこからいろいろ紆余曲折を経まして、平成二十年の秋に住職としての儀式、晋山式を行い、今現在に至ります。その間には、たくさんの人たちとのご縁がございました。
 平成六年の春に永平寺に上山し同期生が百人ほど。寝食を共にし、一年後には7割の方が去って行く。去って行く年の春には又新たに百人ほどの修行の者が入ってくる。4年もいれば五百人ほどの人たちとの、ご縁が出来ます。特に仏のご加護によって結ばれたもの、めぐり合わせを私たちは仏縁と呼んでいます。
 その、仏縁によって、知多半島全域と西三河の曹洞宗の青年僧侶の会長を二年間やらして頂いた時期がございました。その二年間には、十年に一度しかまわってこない、愛知、岐阜、三重、静岡、東海四県合同の大会の主催幹事が回ってきまして、キャパ、いわゆる収容人数が二千人ほどある会場にて催し物をする予定でおりました。すでに、出し物や講演の方も決まる一方、その年の三月十一日に東日本大震災が起こりました。テレビでは、コンビナートが炎上し、十メートル以上ある堤防を津波が乗り越え、家屋を飲み込んでいく。海岸から押し寄せる津波。沖合から四キロもあるところの高速道路が防波堤となってやっとのことで津波を遮り、仙台の市街地までとは至らなかった。地震発生時には高速道路は封鎖され、津波と気づき車で逃げ、封鎖を突破し高速道路に上がった者は助かり、律儀に突破しなかった者は助からなかった。
四月には、高速道路から見える風景は、内陸側は平静を取り戻し、逆に海岸線は重油などの油を含んでどす黒く、よどんだ風景を醸し出しておりました。
 この東日本大震災の発生により、秋に開催する予定であった講演を即時にキャンセルすることに決めました。各東海4県下、十ある青年会の会長に本来なら文書で通知し、連絡協議会を開いて、開催中止を決めなければならないのですが、ありがたいことに一人の会長以外を除いては、永平寺の同期生や後輩ということで電話での協議によって中止のむねを連絡。各青年会単位、又は合同によるボランティアに全力を尽くすように変更しました。
 また、全国曹洞宗青年会の本部から全国に八十ほどの青年会に、救援物資の要請があり、

炊き出しセット
  灯油バーナー、炊き出しセット(五徳、鍋、包丁、ざる、ボウル、まな板、おたま)
調味料セット
  (みそ、醤油、だし、塩、さとう)
水害対応に関する道具
  丸スコップ、角スコップ、デッキブラシ、タオル、バケツ、一輪車、高圧洗浄機

これら2セットを、3月23日必着で送ってほしいとのこと。

 福島佐川急便中継センターの局留めで送り、3月24日ボランティアのスタッフがトラックにて配送するようになっておりました。

この中の炊き出しセットの中に灯油バーナーというものが御座います。
わたしも、実際、阪神淡路大震災や福井県のナホトカ重油流出事故のボランティアに行ったときに何度か見たことがありますので、知ってはいましたが、小さいもので三万円、大きいもので五万円、そんなにするものだとは思いませんでした。
 この灯油バーナーはドラム缶でお湯が沸かせるという強者であります。
まず普通のところでは売っている代物ではありません。インターネットで検索した結果、愛知県の大治町で売っている業者が有り連絡。大きいのが2つあるというので次の日大急ぎで買いに行きました。その業者とお話をしていると本日、もう2つ入荷するとのこと。
 豊橋の同期の会長にすぐさま連絡をして「灯油バーナー手に入ったか?」
と聞くと今探してるところだといい、今日もう2つ入るらしいけど、どうする?と聞くと東三河の青年会で買うから豊橋に送ってっと。
 救援物資をみんなで手分けして集め、何とかして送る手配が出来ました。
そんな中、三月後半から4月前半ばまで私自身、いろいろ仕事が入っておりまして4月下旬に被災地に行く予定がなんとか立ちました。行き先は、宮城県。、被災した寺院のお手伝いをしてほしいと言う場所であります。
それまでにも、すでに何人かは被災地に向かい、ボランティアに従事する者がおりました。また、気持ちがあつ~いOBの方もおりまして、現地から「おまえらはいったい、いつになったら被災地にくるのか」と揶揄された事もありました。
皆さんも分かると思いますが、組織で動くには結構大変なんですね。
現地までの交通費、食事、宿泊場所、日程調整、特に大事なのは道中の安全の確保などが重要になってきます。
 青年会員になるべく負担にならないように、大会で使うはずだった予算をボランティア活動の予算に組み替えたり、また、OB会員や各ご寺院さんに資金の援助をお願いなどをして、資金を集めました。ここまでは、そうたいした問題が無かったです。
しかし、一番苦労したのは、ボランティアに行くメンバーを集めることでありました。会員約六十名、行けない理由、その理由としては、

・福島の放射能があぶないからいけない。
・家族に止められた。
・遠い。
・仕事があってお寺をあけることが出来ないなど。

人には、いろいろな事情というものがございます。
なんとか努力してどうしてもだめならわかるのですが・・・・
努力のかけらも見えない人もいる、
困っている人がいるというのに・・・非常に情けない人も残念ながらわずかにいるのが現状であります。
まあ、行くことが出来ない人は、後方支援にまわるようにと指示をしました。

私たちは宮城県の石巻市雄勝町へ向かいました。仙台市から北東に車を走らせて一時間半ぐらいの小さな港町です。

2019年06月01日